私の釣友たち その1

 大野さんという釣友がいる。昨年(2001年)は彼との釣行が多かった。
 大野さんは私と同じ歳で、ごく普通のサラリーマンである。平日はまじめに仕事をこなし、土日祝日が休みと いうカレンダー通りの生活を送っている。学生時代は山岳部で活躍し、卒業後もまめに登山をする山男であった。
 ところが数年前に始めたテンカラに、今やどっぷりとハマッてしまった。彼とテンカラの出会いは、拙著「テ ンカラ狂想曲」をご参照いただきたい。とにかく、解禁中の休日はほとんどテンカラに捧げているのだ。30代半ばのサラリーマンで、年間釣行日数が40日を 超えるというのは多いほうではないだろうか。それに、例年彼の初釣りは4月以降である。3月までは期末で仕事が忙しく、休日返上で出勤するからだ。という ことは、4月から禁漁になる9月末日までのおよそ6ヶ月、土曜を含めた彼の休日は57日(2002年の場合)ある。さすがに天候不良や増水のときは家でお となしくしているから、条件がいい日はすべて川にいるといってもいいだろう。ちなみに彼は平日に休みが取りにくい性質の仕事でもある。このご時世で有給休 暇も少ないそうだ。
 さて、このようにテンカラにハマッている大野さんだけあって腕はどんどん上達し、特にキャスティングの フォームはことのほか綺麗になった。キャスティングがよくなると釣果も伸びる。ポイントの見方もどんどん覚えるし、アプローチも慎重だ。
 実は大野さん、テンカラ以外の釣りはまったく知らなかった。生まれて初めてやった釣りがテンカラで、他の 釣りは今もって経験がない。それほど釣りに興味がなかった彼が、なぜテンカラにはハマッたのか? 
 彼はいう。「お金かからないし、テンカラは大雑把な性格の自分でもできそうだから」と。
 なるほど彼は細かいことを気にしないし、手先もあまり器用とはいえない。だから彼が巻く毛バリはホントに いい加減なもので、いくら何でもいいといわれるテンカラ毛バリでも、もう少し上手く巻いてもいいのではと思わせるシロモノだ。そもそも毛バリを巻くのが面 倒なようで、ストックが少なくなると、すぐに私から毛バリをもらっていく。自分で巻いた毛バリ以外は使いたくないというテンカラ師もいるなかで、彼はそん なことには頓着しないのである。
 つまり彼は、アプローチやポイントの見方、キャスティングなどのテンカラの基本を学ぶことに躊躇はしない が、それ以外の枝葉の部分は持ち前のアバウトな性格が幸いして、なんら気にすることもなくテンカラを楽しんでいるのである。強いていえば、彼が気にするの は竿の調子くらいなものだ。
 竿は元より毛バリやラインの遍歴が長かった自分からすると、とても羨ましく思える人だ。無論、彼とて私と 同じく発展途上テンカラ師に違いはないが、寄り道することなくテンカラの本質に近づけたわけだ。
 石垣先生の言葉にもあるように、アバウトな人がテンカラをするのか、それともテンカラをするとアバウトに なるのかは定かでないが、大野さんの場合は間違いなく前者であった。ディテールばかりに気を取られることなく、大きな視点でテンカラと向き合う彼の姿勢に は、こちらも見習うことが多いのである。
 あと、彼は寡黙な性格に思われがちだが、ホントはとてもよく喋る人だ。三人以上テンカラ師がいると、彼は 遠慮してしまうのかほとんど言葉を発しないが、二人きりになると堰を切ったように話を始めるのだ。
 胸の内に熱いソウルを秘めた(でも大雑把な)テンカラ師である。

 

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